答えがないからこその苛立ち、何事にも決して明確な答えがあるわけではない

育児をしていて、大変なと想う事は育児には適切がないことだと思います。夫婦でも、姑とも、育児の本心方がちがうのでここが嫌でも彼氏はいいと思っていたりしてイライラ行なう。たとえば、父親とのおしゃべりですが児童が転んですときにぼくは戦法をすぐかしたりしません。それに、駆け抜けなれない児童が転ぶことも世の常なので「なるほど、転んだの。痛くないよ自分でのぼりなさい」と動画はかけますが絶対に戦法はかしません。自分で立たせてある。すぐ児童に戦法をかすと、いつだって助けてもらえると思うような輩になってしまい、輩のためにならないと想うからだ。しかし、父親は児童のことが大好きだから(もちろん私も児童のことは大好きです)転ぶと心配なので、すぐに抱き上げて良しよし行なう。ウェアの不浄も自分ではらわせず、父親がはらいます。どちらが正解なわけでもないのですが、食い違うなと思います。たとえ、果てしなく豪華に育児をした人のガイドブックを読んでマネをしたとしてもわが子が同じようになるかといったら、それはちがうと思うのです。答えがないからこそ、もめごとしても意味がないしはなしあっても問題解決しないし、父親の本心方も私の本心方も両方理解できる輩になってくれたらなと思います。最近出会いがほしいと思って、タップル誕生というマッチングアプリというのを利用しています。驚いた事に女性で登録すると物凄い数の方からいいね!というものもらって非常にビックリしています。いいねをこちらも送り、双方でマッチするとやり取りが出来るというもので便利な世の中になったと思っています(笑)